春嵐に翻弄されて… 〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 
 



     




歴史のある女学園であることを忍ばせるものに、
本校舎の裏手側に配されたツタの絡まる野外音楽堂や、
アールヌーボーな意匠が各所にちりばめられた温室がある。
独立した離れ風の茶室もあるし、
小ぶりながらも古風な洋館を思わせる特別棟というのもあって、
そこは使用許可を申請すればお茶会やグループパーティーなどに使えたそうだが、
こちらに通うお嬢様がたの場合、自宅で開く方が至便なせいか、
ずんと過去はともかく この数年ほどを振り返るにそういう使われ方はされてはないらしく。
その特別棟とやらへ向かうつもりらしい、二人のお嬢様。
金髪頭はそのままながら
それは凛々しい男子高校生に扮してしまわれた三木さんちの久蔵さんと、
その親友の一人である林田さんというお嬢さんを、
出来れば校舎内で大人しくしていてと掻き口説こうと頑張っていたのが、
真の名は“証しの一族”、彼女らへは“護衛専任の一門”という言いようでその身を明かした、
謎めきの高校生、島田久蔵くんの随身であるらしき青年で。
そういやまだ名乗ってはなかったが、
あんまり伝手を残さぬ方がいいのでと 訊かれない限りは黙ってようとの構えから。
書き手の至便から、勝手に明かした名は“太東イブキ”といい、
久蔵くんが育った木曽の支家に籍を置く構成員…のようなもの。
彼もまた、まだ未成年なので候補生という段階だが、
これでなかなか融通が利き、イマドキの事情にも通じており、
武道体術の技能のみならずそういった柔軟な対応力をも買われて、
やや堅物な若である久蔵の傍についている…のだが、

「敷地内に居ればいいってものじゃありませんて。」

閑静なお屋敷町の丘の上という立地なため、此処以上の高みは周囲にそうそうなく、
まさかに外からの狙撃を神経質にも用心することはないと高をくくっているのでは。
だとしたら甘いと説き伏せねばならぬ。
怖い思いをさせたかないが、危険なのだという例えを挙げんとし、

「外からポイと、煙幕や炸裂を放つ手榴弾でも放り込まれたらどうしますか。」
「あら、それはおっかないですね。」

双腕広げての通せんぼをされたが、
その腕を取ると…何を思ったか、
男の子らしい節が立った相手の手を引き寄せて自分の頬へと触れさせ、
“え?”と一瞬たじろぎ、
その一瞬だけ力が緩んだ隙をついてあっさりと掻いくぐった辺り、
一体どこでそんなテクニックを磨いたものかな紅バラ様で。

『夜会の折なぞ、取り巻かれたその人垣を崩すのに使っているが?』

角が立たない躱し方だぞと兵庫さんが隠し玉として教えたらしく、
ただし、十代の令嬢相手に限るとのおまけつきだったそうで。
イブキくんが危害を加えないのが前提だったから繰り出したらしいが、
後で叱られても知らないぞ、紅バラ様。(笑)
……そうやって躱されたことで後追いの恰好になりつつも、
何とか説き伏せようと頑張る若いのへ。
それは大変だぁと棒読みでと応じただけじゃあなく、

「そこまで大仰なものでなくとも、ネズミ花火やカンシャク玉で大きな音を立てさせて、
 警備の注意を引き寄せた地点とは別な方向から、
 フェンスを破ったりするほどの力づくで侵入した輩に攫われでもしたら大変ですわよね。」
「う…。」

もっと具体的な例を挙げ、こういう攻勢もありえますねなんてペロリと口にした、
みかん色の髪した かあいらしい風貌の娘さん。
どういう人か素性をまとめた資料に依れば、
祖父も父上も工学畑の権威でおられ、
ご本人もそこいらの大学生も真っ青なほど工学の知識豊かで
コンピュータ方面の操作技術にも長けた林田さんというお嬢さんで。
三人娘の破天荒な行動に必要な武装ツールを作成したり、学園周縁の防犯カメラを統括していたりと、
知恵者として油断のならぬ存在であるらしく。

 “そこまで判っていて…。”

あれか? 自分だけは大丈夫と根拠なく思い込んでる楽天家なのか?
交通事故も重度のがんも、映画やドラマじゃあるまいに何で私へ振りかかろうかなんて、
昨日まで平気だったんだから恐らく明日も大丈夫だなんて、
賞味期限が切れたばかりなハムへの対処みたいに安穏に構えているお人なのだろうか。
聡明だからといって危機意識も高いかといや、そこは個人差もあろうこと。
その実際例を見たようで、歯痒そうに眉根を寄せる青年なのへ、

「先程、学園周縁に怪しい輩が詰めてると何で判ったのかと問われましたが、
 それはこの探知システムにあれこれ引っ掛かったからです。」

あまりに一方的に我儘のみで押し切れば、
この“分からず屋”と解釈され、彼からこそ力づくの拘束を繰り出されかねないと思ったか。
自分たちの行動の根拠となっているもの、披露しようと構えたようで。
すこし大きめのスマホのようなミニタブレットを手のひらへ乗っけて見せ、
そこへ展開されている地図を見せてやる平八で。
液晶画面に幾何学的な座標のうっすらとした枡目と重なって呼び出されているのは
女学園を真ん中にした このご近所の地図に違いなく。
ちょうど今向かっている方向、本校舎の傍らの空間のある一角、
火除け地だろうか裏手へ向かって伸びている芝生ゾーンを縁取る、
フェンスに沿ったすぐの外。
外から見た場合、正門がある面から横手へ入った生活道路に沿って、
点々々と…何かのマークだろうか、白い丸が散らばっており、

「この白いのは単なる“人がいる“という掲示ですが、」
「人が?」

何てことないような発言だが、この時点でイブキがぎょっとする。
そろそろ目視できるほどに近づいた緩やかな坂は、だが、
結構な長さを見通せるそのどこにも、誰の姿もない無人な空間にしか見えぬ。
だがだが、目を眇めるようにして凝らすと、

 「…っ。」

不自然な立て看板がありその陰に立つ人影や、
道を挟んだ向こうの屋敷のブロック塀に配された
装飾用の穴あきのブロックに怪しい影がちらりと覗き、
こちらを窺う何者かが潜んでいる気配が拾えたのが驚きで。

 “馬鹿な。”

今朝からこっち、急な計画変更でこの街へ立ち寄ることになって以降、
結構な人海戦術でそれは綿密に下調べもしたし、
その後も数十分刻みで彼らの手の者が綿密に見回っている。

 “だというのに、
  センサーなどの機器ではなく生身の人間が潜んでいるのを拾えなかっただと?”

新人への演習じゃあるまいに、そんな大それたポカをするほど
こちらの手勢が…他でもない次代様付きの顔ぶれが緩んでいるはずはなく。
だとすれば、まんまと出し抜かれたということになろうが、
そんなまで機敏で機転も利くような組織立った相手だということか?
ここまでで十分愕然としているイブキくんなのへ、
彼らの側の内情が判らないせいもあり、そこへまでは気づかぬまま、

「そこへこのフィルターを掛けると」

ひなげしさんがアプリっぽいアイコンへ触れて起動させれば、
地図上の印の半分以上が赤丸に変わり、

「何らかの銃器を持ってるという透過結果になります。」
「…はい?」

構造のモデルをインストールしたアプリを使い、ざっとスキャンしてみてるだけなので、
エアガンでも精巧なモデルガンでも同じ反応になりかねないのが難点ですが、と。
さらりととんでもないことを言うお嬢様で。
いやいやいや、
それって籠城犯への対処にあたる機動隊とかSWATとかネゴシエーターとか、
そういう練達な方々が使うアイテムというかスキルなのでは?
まるで車の車種扱いで、
現今流通中の銃器の構造モデルに該当するものが地図上に配されてあるかないかを
恐らくはX線の類でスキャンして弾き出していると?
そしてその結果が、こんなにも真っ赤っ赤だということか?

「全員が統括された一団ではないなら、
 なんて気の合う人々が集まったのかということになる。」

でも、たかが一少女の拉致に ここまでの頭数で且つ武装するなんて不自然ですから、
これはやはり、
めいめいが自己判断でこんな迄の装備をしてきたと見た方がいいんでしょうかね、なんて。
犬好きのオーナーたちが集まっているようなレベルのお言いようをするひなげしさんで。

「……。」

専門的なソフトや何やも活用したうえで、
こうまでの事項をそれはすらすらと解説出来るほどに利発な少女。
だというに、最後に引っ張ってきた結論の方向は、何とも矛盾したそれで。
その言いようはどこか曖昧な感じがして、イブキには飲み込みにくいことこの上なくて。
素人とは思えぬ技にて探知できた数が本当に危険な銃器を炙り出しての結果なら、
相当数の武装した顔ぶれがこの女学園の周辺に集まっているということになるのだが。

 たった一人の少女を相手に果たしてそこまでするだろうか

しかも本目は父親である代議士への脅しで、
“舐めた真似するとご家族に危険が及ぶかもね”という
よくある脅迫文が寄越されたというレベルのそれ。
当事者にすればおっかない話だろうが、
そのくらいの脅し文句は、わざわざ何をか構えずともおいてくだろう
“覚えてろよ”レベルの辞去の一言と変わりなく。
なればこそ、この極端な武装集団の配置は何とも腑に落ちない
…というのが冷静な判断あらば生じる齟齬であり。
だというに、みかん色のさらさらした髪したこちらのお嬢さんは、
そんな偶然はなかろうと一蹴しつつも
いろいろな筋の個々の誘拐犯がたまたま同じ装備で集まっちゃったんでしょうかねなんて
とぼけたことを言いだすのがどうにも不審で。

 “論理破綻してないか?”

しかも、どちらにせよ武装した輩が集まっていると彼女の奥の手は察知したらしいというに、
そうまで危険なおり、わざわざ近寄って確かめようというなら
それこそ無謀にもほどがある所業。
先程からずっといろんな恰好で何ともかんとも混乱のし通しなイブキくん、
彼女が示した傍証自体、本当に真実なのかを確かめるのが先だと、
実は装備してました、
どこぞかに通じている通信用インカムなのだろう細いヘアピンをこめかみに押さえると、

「高階様、至急確認願います。」
【ああ、聞こえていた。】

作戦統括担当らしき上司へそうと伝えれば、
そちらでも補助作業の一環としてこちらのやり取りを拾っていたらしく、
該当する方面へ人をやったとの返事があったが、

「  …あっ、お嬢さん方そこで止まってっ!!」

耳から聞こえる手配の概略が終わらぬうち、
視野の中で途轍もない運びが展開され、思わずの不覚にも突拍子もない声を出してたイブキくん。
当然、通信の相手には状況が通じず、不意な大声へ驚きを隠せぬようで、

【?! どうした?】
「あ、す…すいませ 関殿、止めてくださいっ!」

外へ出ないのならばと楽観していたわけじゃあないが、
まさか柵代わりの生け垣間近まで近づくとは思わなくて。
別な…こちらは地味な作業着姿の男性が慌ててどこからか駆けて来たが間に合わず。
男子高校生に扮した紅ばらさん、
隙間から外が覗ける、ということは外からも通気性のありまくりな
只のツタの絡まるフェンスのみを防御の頼りとするよな、
何とも心許ない地点で立ち止まると、
少し後方に立って、イブキと言葉を交わしていたひなげしさんを肩越しに窺い見る。
そんな彼女へ、

「そこから二時の方向へ。」

そんな指示を出したそのまま、ひなげしさんがすうと息を吸っての改まった態度になると、
次の刹那、

「焼き払えっ」

いきなりそんな一喝を放ったものだから、
はい?と、思わずのこと居合わせた面々がキョトンとしてしまう。
そんな中、唯一それをしっかと把握した紅ばらさんが、
ぶんっと右腕を振って見せ、ちゃんと移し替えておりました いつもの警棒を手元へ振り出し、
遠心力にてそのままシャキンと丈を伸ばすと、
自身の身へ引き寄せ、指示された方向へ勢いよくぶんと振り抜く。

 すると…。

途端にそこから見通せるあちこちの塀の上とか庭木の上、
ついでにお屋敷の屋根の上などなどからも転がり落ちる人影が多数。
そんな状況には一切構わず、ひなげしさんが続いての指示を出し、

「五時の方角、そう、シモツキ神社の大銀杏の方です。
 そちらへ向かって…薙ぎ払えっ!」

もう一度警棒が振られると
やはりその方向の道沿いに、あちこちでギャッという野太い悲鳴が上がる。

「な・に・を、しましたか。」
「やだなぁ、ちょっとレーザーポインターを振り抜いただけですよぉ。」
「続いたのは?」
「人工衛星と握手vv」

GPSで自己位置を判定し、正確な照準を定める方式のスコープがあるんですよ、当たり前に。
なので、

「衛星と不整合を起こすような信号を振りまいたので、
 視野の中、濃い陽炎が泳いで見えたはずですよ。」

とんでもないことをやらかすお嬢さんである。

「さっきあなたの主がいたとき、ついつい言いかけましたが、
 周辺に詰め掛けてる怪しい輩は、とんでもない装備をしてもいます。」

『アラートは赤と紫。災害指定のとレベル設定は一緒ですから、甚大な代物ということです。』
『赤って。武装の重さ…。』

それを検知したこと、語ろうとしかかった彼女だったようで。
ただ先程はそこまでの情報を彼らへ渡していいものか、
ちょっと様子見だなと口を噤みの、
七郎次へも言っちゃダメと素振りで示したひなげしさんだったというわけで。

「ぼたぼたっと倒れ伏したり何やら狼狽している不審者たち、
 そんなスコープつきのライフルを抱えてた連中です。
 出来れば片っ端から検挙してもらえませんか?」

銃剣等不法所持にあたるのでしょうから、引っ括れませんかねぇ。
そういう権限はないのでしょうか?と、
ここまでのお膳立てはしたのだからとでも言いたいか、
さらりと言ってのけるひなげしさんだが、
告げられたイブキくんは
息を詰めてううと唸ってから、

「…そんな武装をしている輩の前へ立つだなんて、
 標的にしてくれというようなものじゃないですかっ。」

確かに、標的になっているお嬢さんの護衛、と瓜二つの恰好をした少年もどきは、
脅迫犯の放った刺客には格好の的で。
そっちの関係筋かどうかを炙り出したかったのだとしても
やり方が本末転倒してはないかと、
何て危険なことをすると、叫ぶような鋭い声で叱責する。
だがだが、それへも平然としたままのひなげしさん、

「言うのが後出しになりましたね。
 でもこの立ち位置は本当に大丈夫なんですって。」

すっと腕を伸べて指差した先。丁度、表通りへ接している生け垣を指差す。
剪定が間に合ってないものかそれとも裏通り寄りなのでと手を抜いているものか、
隋分と分厚いアイビーのつるが壁のようになっているフェンスだが、
ようよう目を凝らすと、ただの金網のフェンスだけじゃなく、
内側には透明樹脂の板が重ねて設置されてもいて。

「ポリカーボネイトです。」

それが張り巡らされたフェンスの上へ、生け垣という見栄えになるように、
アイビーのつるが人為的に乗っけられてあったらしく。

「ポリカーボネイト…。」

割れにくいことで知られている樹脂のことで、
昭和の時代に話題となった文房具、象が踏んでも壊れない筆箱に用いられたり、
機動隊などが持つ透明の楯へも使われていて。
耐熱性も高く、また、燃えにくくもある。
唯一の欠陥は薬品への化学変化に弱いという点で、
アルカリ溶剤に弱いので接着という加工ができない。

「レーザーなどの光は透過しますが、中途半端な銃撃はまず通しませんからね。」

絶対と永遠は現実世界にはありえぬ代物。
でも、限りなく添うものでよければ、“きっと”や“ずっと”は何とか存在するからと。
公的なんとかじゃないならば、使ってもいいじゃないなんて、
にひゃりと笑った小癪なお嬢さん。
ここまでのお転婆ぶりは通常運転のそれで、
本格的な大人の奇襲が相手でも、卒なく躱し、叩いてしまえる恐ろしさよ。
慌てたように駆け回る人々の気配がするのは、
島田くんの付き人らが事態収拾にと倒された輩を回収してのものらしく。
だが、

「平八、離れるな。」
「?」

日頃あんまり名前で呼ばれぬため、
はて誰の声?と一瞬辺りを見回したひなげしさんで。
寡黙な彼女だけに声掛けは間近に居る時だけだし、ならば名まで呼ぶ必要がない。
行くぞとか出るぞとかその程度。
呼んでも何故だか “米”と呼ぶ彼女なのが、
わざわざ平八と呼び、それだけでは足らぬか、

「…。」
「久蔵殿?」

傍らまで駆け戻ってくると、
自分の身を平八への楯にでもするかのように添わせてくる。
ただならぬ様子に、
ひなげしさんもまた表情を引き締めて周囲を見回すが、
残念ながら文人に近い今の平八には何も拾えず、
そんな彼女へ声だけ向けた紅ばらさん、

「本物だ。油断するなと俺の中で“俺”が言ってる。」
「…っ?!」




 





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 *ついつい調子に乗ってしまいましたが、急展開です、各々がた。
  表向きの敵は大したことなかったですが、
  その陰にもう一組、手ごわいのが隠れていたらしく。
  いつ更新できるかなぁ…。(おいおい)

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